―――大輔が僕の何だったのか―――何、なのか。今も。


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　夜になって沢中のおっさんから連絡があった。
　丁度俺が仕事を上がって、チビモンとともに自分の部屋に戻ってきたところだった。
『昨日、君からの電話に出られなくて悪かったね。久々に一乗寺君に強烈な一発を食らってダウンしていたものだから』
苦笑まじりのおっさんの声には、いつになく疲労感が滲んでいる。
「大丈夫なのか？」
『年甲斐もなく全力疾走した感じかな。まあ、疲れているだけでそのうち回復するから問題はないよ。―――で、君が聞きたいのは私の体調じゃなくて一乗寺君のことだろうから、本題に入ろうか』
「なんだよ、賢を助けてくれたことは感謝してるんだぜ。無理したって聞いてるんだから心配くらいするさ」
『それはどうも。一乗寺君に聞いたのかい？』
「あと、太一さんからもな」
『ああ、八神君とは今日話したよ』

　太一さんからは今朝連絡をもらった。沢中のおっさんと同じで、俺が昨日電話を掛けていたからだと思う。俺は賢と夜中に話したから、賢の今の様子そのものは概ねわかっているつもりだと伝えた。それから、賢が落ち込んでいるのに余計なことを言ってしまったことも。
『一乗寺、大輔のことを切捨てることはできないって言ってたからなあ』
「俺、京泣かせてでもこっちに来いって言っちゃって。――― 一応理由はあるんですけど」
『お前、馬っ鹿じゃねーの？一乗寺にそんなことできるわけないだろ』
「ですよね」
『で？理由ってなんだ』
「俺といれば、賢、なんとかなるんじゃないかって―――『花屋』が」
『―――「花屋」か』
わずかに棘のある声で、太一さんは呟いた。
『で、やつはなんて言ったんだよ』
　俺は昨日田村がまとめていたような説明をした。太一さんはしばらく黙っていたが、わかった、俺も少し考えてみる、と言って電話を切った。俺も丁度おやっさんの城に呼ばれて出ていく時間だったから、話はそこまでになっていたのだが。

　あれから太一さんは沢中のおっさんと話したということなのだろう。

　『一乗寺君と直接話をしたのなら、彼が回復していることはもう知っているんだろう？』
沢中のおっさんは尋ねた。「知ってる」俺は答えた。チビモンは俺の様子を窺っていたが、茶々を入れる内容ではないと判断したらしく、俺から離れて一人でTVを見始めた。
『八神君から君の話を聞いて、私も「花屋」に話を聞いた。―――「彼」の仮説が正しければ、一乗寺君は大いに希望が持てるということにはなる、が―――彼は受け入れないだろうね』
「ああ」
『―――この話を、君は一乗寺君にはしたのかい？』
「いや。理由は言わずにこっちに来い、とは言ってみたけど。一回だけ京を泣かせることにはなるけどって。まあ、断られたけど。もし理由を言っても賢が断ることは目に見えてるし、『花屋』も検証してる段階らしいし。……他に方法があるなら、その方がいいだろうからさ」
『一乗寺君は律儀な子だからね。―――だが……』
おっさんは黙った。俺は黙って言葉の続きを待つ。
『―――彼女が納得すれば、どうかな』
「彼女って―――京のことか？ちょっと待てよおっさん、そんなこと賢が認めるわけねえじゃん。あいつは、なるだけ京を巻き込まねえようにって頑張ってるんだ。これ以上、京に俺と賢のことで煩わせたくないって、悩んでるのに」
　だから俺だって「花屋」の話を賢にはしなかった。なのに、京に話してしまったら、賢は益々苦しむだろう。そんなこと、できねえ。
『――― 一乗寺君がこのことを知ったとして、彼自身は京さんに話すことを望まないだろう。むしろ、彼女にはこの可能性を知られたくないと思うだろうね』
おっさんは言った。
『だが、彼女は違うと思うよ』
「え？」
『彼女は確かに君と一乗寺君の繋がりに苦しんではいるが、受け入れてもいる。君たちの絆は別ち難いのだと理解している』
「なんでおっさんがそんなことわかるんだよ」
『彼女とは一乗寺君のことで時々話す機会があるからね。―――おそらく、京さんのことについては一乗寺君より私の方が心情を理解できているんじゃないかな。私には彼や君のように、彼女に対する罪悪感がない分、客観的にみられるからね』
「でも」
『彼女は君のことを敵だと思っているわけじゃない。彼女が許せないのは君でも一乗寺君でもなく、自分自身なんだそうだ。君の代わりになることができない、わかっていてもそれが許せないんだと言っていた。―――私はそんなことを考える必要はないと言ったけれどね』
　俺の代わりなんて、そんな必要、ないだろ。
『―――だから、君に一乗寺君を助けられる可能性があるのなら、彼女は受け入れるだろう』
「だけど、賢は望まねえだろ」
俺は言った。
『一乗寺君の話ではない。彼女の話だよ。私は今、これは彼女が知るべき話だと言っているんだ。一乗寺君が望まなくても、彼女は知ることを望む』
　強い口調でおっさんは言った。
『彼女が君にはなれないように、君も彼女にはなれない。―――彼女がどれだけ君と同じ存在でありたかったか、君にはわからないかもしれない。だが、君にはできない一乗寺君の子供を産む道を選ぶほど、彼女は彼を愛している。見くびってはいけないよ』
　俺は言葉を失った。
『―――この話を、君や一乗寺君が彼女にする必要はない。彼女には私が話す。一乗寺君に恨まれるのは私の方がいいだろう』
おっさんは言った。
　俺の中ではまだ不安が燻っている。俺は結局、賢の気持ちばかり考えてしまうから―――
『女性というのは、我々男性が考えているよりも案外強い生き物のようだよ。自分が愛した相手の子供を自分の意志だけで産んだ女性なら京さんの他にも知っている。今でも父親の方はその事実を知らないまま彼女に会っているそうだから、彼女の態度も徹底したものだろう？それに、自分が利用されることを承知の上で、父親を庇って死んでいった女性もいる。ただ、彼女に関しては婚約者が彼女の父親と対立することになってしまったので心配していたが、今は彼も落ち着く場所を見つけたようだから…彼女たちの愛情の深さには参ってしまうだろう？』
「は？―――なんだよ急に。俺の知らない女の子の話されても困るんだけど……って、俺の知り合いじゃないよな？」
『ははは―――まあ、私の知っている女性の話だよ。混乱させて済まない』
「んだよ」
俺とおっさんの共通の知人で女性、つったら京と賢のおばさんくらいしか思い浮かばないし。
『―――それで、さっきの話だけどね、本宮君。君がどれだけ反対しようと、私は京さんには話すつもりだ。だが、その話を一乗寺君に話すかどうかは彼女自身に決めてもらおうと思う。彼女が望まないことは一乗寺君も望まないことなのだから、そうするべきだ。おそらく彼女は話す方を選ぶのだろうが、簡単ではないのだから、彼女の心が決まるまでは待ってあげたいからね』
「俺は、やっぱり京に話すことは賛成できねえ……」
『君がさっき言った通り、他の選択肢があるならそっちを選べばいい。だが、おそらくそんな都合のいい話は出てこないだろう。昨日「花屋」と話した限り、君自身が暗黒の種を再起動させるキーワードになっているという話は、一乗寺君には理不尽だが合理的な話だと思う。かつてSIESTAが暴走した際も、あれがエネルギー源としようとしたのは君に関する記憶だった。……一乗寺君の中で、君の存在が一番純粋で重かったという事実は変わらない。君に関する事象が一乗寺君を宿主とする種にとって最も効率が良いという点で、納得のできる話だ。「花屋」が君をそもそものキーワードとして設定したのは単なる気まぐれだが、結果的には良い選択だった。他の言葉では再起動できるほどには一乗寺君の心を動かさなかったかもしれないから』
　他に選択肢はないだろう。―――だけど。
「『花屋』に言って、キーワードを俺から京に変更することとか、できねえのかな」
『それは最初に『彼』に確認した。そもそも君というキーワードの設定自体、今生きているのが想定外だということだから、今からキーワードを書き替えることは不可能だそうだ。仮にできたとして、種の再起動には至らないだろうともね。――― 一乗寺君は間違いなく今、京さんを愛しているのだろうが、君とは積上げてきた時間が違い過ぎる。君は―――君にとっても一乗寺君はそういう存在なのだろうが、彼の人格形成にも少なからず影響を与えてきただろう。もしかしたらこれから10年、20年すれば京さんがそういう存在になる可能性はあるが、それでは今の一乗寺君を助けることはできない』

　賢の泣き顔が浮かぶ。―――みんながお前を助けたいのに。
　俺にとっては賢に会える大義名分にはなるのも事実だ。でも、賢が望まないのなら―――俺も、そんな都合のいい話を京にはできない。

　『明日、私から京さんに話をしようと思う。―――本宮君、君はこのことを一乗寺君には話さないでほしい。絶対に』
　おっさんはそう言って電話を切った。
　俺はただ、何も答えることができずに黙って手の中の携帯をじっと見つめるだけだった。





　　　　　　　　　　　　　　―　続く　―

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2018/07/23
話せば当然、賢に恨まれるよね。

背景画像は「Studio Blue Moon」様より頂戴いたしました。