―――あいつを受け入れることはカイザーだった自分を受け入れること。


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　田村と別れて部屋に戻ると、部屋で留守番をしていたチビモンと一緒に風呂に入った。小一時間コンピュータルームにいて、冷え切っていた身体を湯船で温める。今日は色々ありすぎた。思い出して整理していく。賢の異変のきっかけが、ワームモンとともに賢を助けようとしたあの日にあったという事実はかなりの衝撃だった。それ以上に、俺との接触が賢を回復させられそうだということも。俺は賢の人生に関わりすぎているのだろうか。
『――― 一乗寺君にとっては枯れた種を蘇らせるほどのキーワード。余程大切なものなんだね』
「花屋」の言葉が甦る。そのキーワードを設定したのは「花屋」だが、そのことを心のどこかで喜んでいる自分がいる。敵が送ってきた塩だと思いつつ。
　今の賢にとっては京の存在がキーワードだった方がはるかによかったはずだ。それでも―――それが京ではなく俺だったことに安堵している浅ましい自分を感じる。
「ダイスケ、怖い顔してるぞー。『花屋』と何話したんだよ」
湯船でぷかぷか浮きながら、チビモンが言った。チビモンは「花屋」に晒さないために部屋で待たせていたから、さっきの顛末を知らないままだった。
「悪い。実は」
俺はおおよその話をしてやった。チビモンは納得した顔を見せ、「元気出せよ、ダイスケ」と言った。
「おう」

　バスルームを出て居間の壁時計を見ると、あと少しで日付が変わるところだった。
　二つのコップに牛乳を注いで片方をチビモンに渡す。チビモンは一気に飲み干し、その後ベッドに向かって走っていった。余程眠かったのだろう。ベッドにジャンプしたかと思ったら、もう寝息が聞こえている。早すぎじゃね？俺は苦笑する。
　ふと気が付くと、ダイニングテーブルの上に投げ出していた携帯が鳴っている。田村だろうと思って確かめもせず通話ボタンを押す。
『ばあーか』
「はあっ！？」
耳の周りでぱあっと花びらが散ったような気がした。華のある声。
「―――さくらか？」
第一声が馬鹿とはなんだ馬鹿とは。―――そういえば、さくらとも今日遭ったんだった。あの会場で。
　うふふ、と含み笑いが聞こえる。
『そうでーす。大輔、今日随分慌ててたじゃない。どこへ行ってたの？』
「どこって―――家に帰ってた。急ぎの用があって」
『ふーん』
「つか、お前こそなんであそこにいたんだよ。仕事つってたな。大学で教えてるんだっけ？その関係か？綺麗な格好してたけど、講演でもあったのか？」
『――――――』
　なぜかさくらは沈黙した。それから、静かに俺に聞いてきた。
『私、綺麗だった？』
「え？―――おお、綺麗だったけど。それがどうかしたのか？」
また沈黙。
「さくら？」
『―――大輔に見せてあげようと思って』
語尾が上がった甘い声が耳をくすぐる。
「はあ？俺？論点違うだろ。―――そもそもお前、俺の居場所なんか知らねーだろうが。その手にはもう乗らねえからな」
『その手って何よ。大輔のいる場所くらいお見通しよ、私』
「気っ持ち悪いこというなよな。……あ！お前、まさか俺の車にGPSでもつけてんじゃねーだろうな」
そのくらいあっさりやってのけそうなんだよな……そういや神出鬼没で俺の前に現れるしなあ。……いやいや。さすがにそれはないだろ。
『つけてないわよ。―――車には』
「はああー？」
相変わらず訳わかんねえし。……念のため明日車を調べておこう。携帯も変なアプリ入ってないか確認しとこう。
『なーんて。びびっちゃって大輔、可愛い』
「びびってねえし」
『私はいつも綺麗なの。―――今日は修理の依頼があっただけよ』
　さくらは楽しげに言った。
「修理？エレベーターのか」
『なんでまたエレベーターかな？まあ、機械の修理ってとこだけは合ってる』
「機械？大学の講師ってのはそんなことまでするのか？お前も意外と大変なんだな。―――で、なんだよ？なんか用があったんじゃねーのか」
俺は聞く。とはいえ、さくらに限っては特に用なんかなくても、たまたま今日遭遇して、懐かしくなったからかけてきただけってのも普通に在り得る。
『埋め合わせするって言ったのそっちでしょ。だからかけてあげたのに』
「埋め合わせって、何の」
『知らないわよ。大輔がエレベーターに乗るときに自分で今度埋め合わせするから、って言ったんじゃない。覚えてないの？』
「えー……」
記憶を辿る。そんなこと言ったかな……言った。確かに言ったな、俺。あの時慌ててたし。
「―――言った」
『でしょ？だから、電話に付き合ってくれればチャラにしてあげようって思ってるのよ。優しいでしょ？』
「お……おお」
やべえ、またさくらのペースだと思いつつ。とはいえ、何を話せばいいんだと考えていると、
『―――ねえ、今日何か変わったこととかなかったの？驚いたこととか』
向こうから勝手に話題を振ってきた。そうだ、こういうやつだった。
「―――あった」
　驚いたことなら。
『どんなこと？』
「今日、俺も仕事であのホテルにいて、新製品で高解像度が売りのホログラム見てたんだけどさ」
『うん』
「俺が前から世話になってるおやっさんがいるって知ってるだろ？そのおやっさんも今夜来ててさ。その新製品扱ってるのがおやっさんの娘婿の経営する会社なんだけど、デモ用のホログラムがおやっさんの孫の映像になったんだ。まあ、子供自慢つか孫自慢も兼ねてたんじゃないかな。―――そしたらその子が」
『うんうん』
「ちょっと訳ありで知ってるやつの映像に変わったから、すげー驚いた」
『え？』
なぜかさくらの声のトーンが下がった。そしてすぐに聞いてくる。
『―――知ってるやつ？』
「うん。多分ネット経由であそこに自分の映像をねじ込んだんだな。―――そいつが、俺に向かって賢がヤバいって言うから、俺も焦ってさ。すっっっっげー驚いた。」
今日最大限に驚いた話だ。これで満足だろう。どうだ、参ったか。勿論、これ以上詳しくはさくらにも話せないが。
『賢―――そっか、例の彼ね。やっぱりまだ吹っ切れてないんだ。でも彼、結婚しちゃったんでしょ？』
「やっぱりって何だよ。―――ん？お前なんで賢が結婚したって知ってるんだ？」
『そう聞いてるけど』
「俺、言ったっけ」
『大輔以外に私に教えてくれる人がいると思う？』
それはそうだ。―――でも俺、話したっけ？と思いつつ。
『それで、そのヤバい賢君はどうなったの？大丈夫だった？』
「―――ああ、まあな。大丈夫っつか……なんとかなるかもしれないから、なんとかしねえととは思ってる」
『大輔』
さくらが言った。
『ごめん、全然わかんない』
さくらの苦笑している顔が見えるようだ。
「お？おお、そうだよな、悪い。でもまあとりあえず賢は大丈夫ってことだ」
俺はかなり大雑把にまとめてみた。
『―――なら、よかったわね』
さくらが優しく言った。
「ちょっと込み入った事情があって、あんまり詳しく説明できなくて悪いな』

　賢と離れて空っぽになっていた俺の隙間を、心身ともに埋めてくれたのはさくらだったから、心配してくれてるのに賢のことを話せないのは気が引けた。
『ううん、気にしないで。誰でも話せないことの一つや二つはあるじゃない。―――それに、どうせすぐにわかるから』
「どういう意味だ？」
『あ、ごめん。こっちの話。気にしないで。―――あら、泣いてる。行かないと』
「子供？」
微かに子供の泣き声がする。
『うん。怖い夢でも見たのかな。父親と違って繊細なところがあるみたい。でも甘えん坊なところは似てるのよ』
クスクス笑いながらさくらは言った。
『―――じゃあ、これで埋め合わせてもらったことにしてあげる。じゃあね、大輔。おやすみなさい』
「―――おやすみ」
　めずらしく、さくらは俺の言葉が終わるのを待って電話を切った。普段は言うだけ言って一方的に切るから、なんだこいつって思ってたけど―――余韻を残されると物足りなく感じてしまうものなんだな。

　そうか。さくらの結婚相手はどっちかっていうとガサツで甘えん坊なのか。俺もどっちかっていうと繊細じゃねえ方だし、あいつ、そういうのがタイプなんだな。納得。
　ベッドに目をやる。チビモンがごろごろと寝返りを打っていた。ニヤッと笑っている。一体何の夢を見ているのだろう。

　さくらと話していてすっかり冴えてしまった目がようやく眠気に襲われて、俺も寝るかなと思ったとき、握ったままの携帯が再び鳴った。またさくらか？今度こそ田村だろうか。どちらにしても、こんな時間に俺に掛けてくる人間は限られている。「もしもし」携帯を耳に当てる。

　『―――大輔』

　賢の声がした。



　　　　　　　　　　　　　　―　続く　―

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2017/10/21
書いてて楽しいです。

背景画像は「Studio Blue Moon」様より頂戴いたしました。