―――聞き捨てならない話だね


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　目の前のでかい画面の中で、「花屋」が笑顔を浮かべている。小生意気なやつだが、今は不思議と悪気は感じられない。純粋に自分の仮定を検証することが面白かったらしい。
　とはいえ、こいつに上手く騙されている可能性もないわけじゃないから、慎重にいく。賢の人格も学習済みだっていうのなら、俺が勝手にひいき目に見てるだけかもしんねーし。
「俺が賢の種を再起動させるキーワードになってるとか急に言われたって、信じらんねーよ。以前はずっと一緒にいたけど、賢の体調が特別変化した憶えとかねえし」
しかし「花屋」はけろけろりとしていた。
『それは当たり前じゃない？だって一乗寺君にデジモンの影響が出始めたのは父親になって暗黒の種の活動が停止した副作用だもの。君とは別れた後でしょ。頭悪いの？もしかして』
「なんだとう」
賢には似てねえ。似てねえぞ、絶対。
「マール、言葉を慎んでください。誰からそんなぞんざいな物言いを学んだのですか。呆れましたよ」
田村がたしなめる。だが、やつに向けられたその声も視線も優しい。花屋は少し考える素振りをして、『ごめんなさい』と言った。誰に対する謝罪なのかはわからないが。
　田村が「花屋」に尋ねる。
「つまり、暗黒の種は休眠中はそこそこ安定していたのに、むしろ停止させてしまったことで余計な歪みが出たということでいいのですね。そこに大輔さんという刺激があると、種は環境回復のために一時的に宿主である一乗寺先生の身体を整える。その認識で正しいでしょうか」
『そうだよ。田村さんは物分かりがよくて助かるなあ』
「悪かったな頭も物分かりも悪くて」
「大輔さん、大人げないですよ……」
田村が苦笑している。
「―――だったら、俺が賢とまめに連絡取ってれば賢は回復するってことか？」
そういう風に俺は解釈したが。それは俺に都合が良すぎるか。

　『どうかなあ。―――例えば毎日、習慣みたいに世間話をしたとしても種は再起動しない気はするんだよね。一乗寺君が種の存在を受け入れたがらないことと無関係ではないと思う。少なくともデータではかなり追いつめられた状況の時の方が、君との接触で多く回復している。おそらく一乗寺君は窮地に陥った時ほど君の存在を求めてしまうってことなんだろう。検証はしていないから、僕の印象に過ぎないけどね』
「花屋」は言った。
『でも、それくらいの方がいいんじゃない？もし君に、彼が平穏無事な状況でも電話してるだけで種が再起動するほどに影響力があるのなら、むしろ危険かもしれないよ。宿主に問題がない状況なら種は本来の活動をするかもしれない。「暗黒の種」が彼を支配することを、一乗寺君は望んではいないんでしょう？―――またカイザー様になっちゃうってことだし』
「―――それよりは反応が薄いくらいの方がマシってことか……」
『なんなら君が毎日電話してみればいい。当たり前みたいにやり取りがある環境で、一乗寺君がどう変化するのかしないのかが明らかになる。僕も知りたい』
「そんなことできるか」

　俺は賢が好きだと再認識しているし、伝えてもいる。その時に断言はしなかったが、賢もおそらく同じ想いだろう。だが、それだけで、そこまでだ。お互いに、相手の気持ちは知っている。それ以上の変化は求めない。俺も賢もいい年の大人だし、分別はある。正直言って、俺自身は分不相応に成り上がりつつある今の立場を投げうって賢を選ぶことに躊躇はない。元々俺が成功したかったのは一乗寺賢という人間にふさわしくなりたいと思ったからだし、賢を守れるだけの力が欲しかったせいだから、そこに固執して賢をないがしろにする選択肢はあり得ない。賢は、俺を選ぶことは望まないだろう。賢が望まないことは俺も望まない。だけど―――大義名分があれば、俺は歯止めが利かなくなるかもしれない。それは困る。

　賢を困らせたくない。

　「花屋」は少し不満気な表情を浮かべた。
『残念。―――僕は今でも、一乗寺君の種が完全に覚醒するのを諦めて居ないんだけどな』
「お前、まだそんなこと言ってんのか」
俺の頭にカッと血が昇った。だが「花屋」は悪びれない。
『諦めてはいないよ。ただ、一乗寺君が本気で嫌がることは今の僕にはできない。回路に自己矛盾を起こしてしまうからね。ユウの思考パターンと融合させればそのうちこの問題は解消できると思うけど、僕、一乗寺君の考え方って面白くて楽しめてるから、しばらく完全な一本化はしないつもりだし』
「一乗寺先生がお気に入りなのですね」
田村が言った。「花屋」は頷く。
『ユウには自己犠牲の精神はないから、一乗寺君は新鮮なんだ。彼はとてもクレバーなのに自分自身を恥じている。根幹はデジモンカイザーという存在だったことにあるみたいだけど、子供っぽい行動が含まれるとはいえ、カイザーそのものの知恵や実行力はそこらの大人の比じゃない。種がそこまで人間を覚醒させることができるのなら、その構成を解析すればどれだけ人類の進歩に貢献できることだろう。工学や医療、エネルギーの分野でも得る物は相当大きいはずだ。この世界のあらゆる分野で革命を起こすことができるだろう。―――それだけの効果が期待できるものを身体の内に育てながら、否定し続けているなんて愚かなことだと思うけど、否定する気持ちも今は理解できるからね。彼の変化には気長く付き合うつもりだよ。―――大輔にも僕が完全な種の復活を諦めない理由をわかってもらえるといいけど』
「―――なんで人類の進歩に貢献、なんてことをお前が考えてる」
『僕はユウの研究開発費を稼ぐために構築されたシステムだよ？収益が見込めるものをありとあらゆる分野から常に探している。世の中に貢献するものはやがて莫大な収益を生み出し、そうでないものはいずれ衰退していく。進歩するために何を選択すべきか、常に考えているのはあたりまえのことだよ』
　何を今更、という口調で「花屋」は俺の質問に答えた。
　今なら、わからなくはない。こいつが俺と賢の敵に回ったのも、純粋に己の使命を果たそうとした結果だ。そういう風に造られているからだ。ただ、その延長線上で自分の愛弟子の身に危険が及ぶ羽目になることを、沢中のおっさんも想定していなかったのだろう。
「だからって、あれこれやらかしてくれたお前のことを、はいそうですかって俺もあっさり受け入れるわけにはいかねーんだよ、まだ」
『まだ、ってことはそのうち受け入れるつもりだってことだね』
「―――違えよ」
くそっ、ああいえばこう言いやがって。これはどっちだ、おっさんか、賢か。どちらかというと賢の影響のような気がする。
「―――やりにくい……」
俺は額に手をやった。

　とりあえず、賢が無事なことはわかった。少し回復できたこともわかった。それはよしとする。で。
「話が逸れちまったけど、今の賢はまだ完全に回復したわけじゃないんだよな？また影響を受ければデータを蓄積し続けて、今回みたいなことになる可能性あるんだよな？」
『そうだね。彼が危険から離れようとしない限りはね』
「どうすれば影響を避けられる？」
つい、答えを求めてしまう。
『一乗寺君が望んでデジモンに接触しようとしているんだから、影響は避けられない。刑事を辞めろ、死ぬよりましだと説き伏せてみたら？―――まあ、無理だろうけど』
そうなんだよなあ。あろうことか、協力するとまで俺は賢に言っちまってるわけだし。
「―――結局、そのデジモンの事件が解決しない限り、賢は刑事を辞めねえってことか……」
遠回りでもそっちを解決するしかないのか。ゴールが遠すぎて溜息が出る。
『僕はそのデジモンを操っている黒幕らしい人間の情報を集めてる。今、8万件まで絞り込んでる。いずれ辿り着ける』
「花屋」は言った。
『僕は一乗寺君と勝負してみたいんだ。オリジナルの彼と、彼を含めて進化したはずの僕と、どちらが優れているのかをね。だから子供ごときに邪魔されたくない』
「お前だって子供じゃん……」
『見た目なんかいくらでも変えられる』
そういうと花屋は一瞬で俺の姿になった。自分で言うのもなんだが、間違いなく俺だ。
「だからそういうの、やめろって」
溜息をつく。「花屋」は元の子供姿に戻った。
『姿だけで僕の本質まで子供だと思うのをやめてほしいだけさ。僕はコンピュータだし、僕を子供だと思うのは君たちの思い込みに過ぎない。ある意味では願望ともいえる』
　俺の隣で田村が苦笑しているのが見えた。
『いい？僕が言いたいのはね、一乗寺君が探している黒幕の子供だって、ただの子供ではないかもしれないってこと。一乗寺君の記憶を見たよ。奴は「デジモンカイザー」の姿をしていた。どうしてそいつがカイザーの存在を知っているのか―――それについて、僕にはひっかかってることがある。これから仮定と検証を行うつもりだ。気が向いたら説明に来る。今度は君のパソコンの方にね。そっちに道を作ったから』
「なにいー！！！」
『一乗寺君がSIESTAに繋がれるのを待つのも面倒だもん。こっちのサーバには君や一乗寺君と敵対しない限り、勝手に侵入しないことを約束する。なんなら今回こっちに作った道を塞いでおいてくれればいいよ。大輔のパソコンに作った道は、一乗寺君や田村さんでも、ちょっとやそっとじゃ消せないと思うよ？だから諦めて。言っておくけど、これは僕なりの好意だから。だって君たち、まあ大輔はいいとして、田村さん、そろそろ本格的に風邪ひいちゃいそうだもん。その部屋だと』
　「大輔はいいとして」っていうのはかなり引っかかったが、気が付けば確かに凍死しそうなくらい身体が芯まで冷えていた。
『今日はこの辺でね。―――じゃあ、また話そうよ大輔』
一方的にそう言って、「花屋」はあっさりと画面から姿を消した。

　そうか。今度から自在に俺のパソコンに侵入しやがるのか。―――頭痛え。
　それが吉と出るか凶と出るか―――凍った頭で考える。とりあえず、賢の事件が片付くまでは、「花屋」は対立しないような気はする。当てになってるのかなってないのかわかんねえ、俺の勘だけどな。



　　　　　　　　　　　　　　―　続く　―

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2017/10/09
前進？？？かな？？？

背景画像は「Studio Blue Moon」様より頂戴いたしました。