―――でも、大輔とのことを忘れていた僕に、全て思い出させたのは京さんじゃないか。


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　滝さんは黙り込んだ僕をしばらく眺めていたが、やがて、 「余計な情報だったか？」
と言った。
「―――いえ……。多分、知っておくべきことです。―――ありがとうございます」
僕は答えた。
「ありがたい、って顔じゃないぞ」
「それでも、―――知っておいた方がいいことです」
京さんを傷つけたことに無自覚でいるよりは。

　「一乗寺。―――ズケズケ聞くけど、京ちゃんは本宮大輔とは仲が悪いのか？お前の様子だと、本宮大輔のお陰でお前の目が覚めたってことは嬉しくない話なのか、彼女には」
「―――いえ……仲が悪い、というわけじゃ。ただ……僕のせいで少し距離を置いているのは事実です」
「お前のせい？―――もしかして、京ちゃんは本宮大輔の元カノかなんかだったのか？」
ありがちなことを、滝さんは尋ねた。
「違います」
僕は首を振る。
　滝さんは再び僕を眺めた。
「沢中教授からはお前と本宮大輔は深い付き合いだったと聞いている。親友ってことかと思ってたが、他になにかあるのか？一乗寺、本宮大輔って、お前の何なんだ」

　何って―――今更、なんて言えばいいのだろう。親友だった、のは間違ってはいない。でも、それぐらいで京さんが動揺するはずのないことに滝さんは気づいている。

　大輔が僕の何だったのか―――何、なのか。今も。

　「彼は」
　考える。仲間で、友達で、親友で、恋人だった。気が付いたら多くの時間を共有していて、たくさんの言葉を交わしていて、それから―――分かちがたくて。
「……わかりません。でも間違いなく、ある期間、彼は僕のすべてでした」
　僕の言葉の意味を考えるように、滝さんの目が細くなった。短い沈黙の後、滝さんが再び口を開いた。
「率直に言って、つきあってたってことか？恋人同士だったって意味にとっていいのか、一乗寺と―――本宮大輔が」
「ええ」
「じゃあ逆か。本宮が京ちゃんの元カレなんじゃなくて、お前の元カレ？カノ？まあとにかく、そういう意味での『僕のせいで』なんだな」
「はい」

　滝さんはしばらく顎を片手で抑えて思案していた。
「関係は分かった。―――でも、お前はどこかで京ちゃんを選んだんだろ？全てだったっていうんなら、なんで本宮と別れたんだ」
「僕が彼を裏切ったからです」
「裏切った？」

　僕たちの身の上に起こったことを、説明するのは難しい。どれだけ理由をあげつらったところで、第三者から見れば昼メロもびっくりなくらい僕が不実なだけなのだろう。大輔と京さん、二人に対して。

　「―――事情があって、僕は大輔のことを忘れていた時期があるんです。その間、京さんに恋をしていました。その後大輔のことを思い出すことができて―――でも、いろんなことが重なって、結局僕は京さんを選んで、大輔とは別れました。それからはたまに友人としてのつきあいがあるくらい、ですね」
「―――今は？」
滝さんが言った。
「今も、友人としてのつきあいしかないのか？お前の気持ちは100パーセント京ちゃんに向いてるのか？彼女、お前が本宮の声で目覚めて泣いてたんだろ？」
「―――取り調べですね」
僕は苦笑した。滝さんはあ、と呟いた。
「悪い」
「いえ。―――実は、僕自身にもわかりません。……違うかな。100パーセント向いてるのかって言われたら、100パーセントではないと思います。でも僕は彼女を愛するべきだと思っています。自分を犠牲にしてでも僕を守ろうとしてくれた彼女に感謝してるんです。―――だけど」
小さく溜息をつく。
「好きとか嫌いとか、そういうものを超えて―――大輔の存在は僕の心の奥底にいる。もしかしたら親兄弟よりも濃く僕とつながっているのかもしれない。だから、彼の声で目が覚めたのかも。―――あ、でも言い訳になりますけど、京さんが僕を呼んでくれていた声だって、僕は感じていたんですよ？泣かせちゃいけないのにってずっと思っていました。だから―――本当に、こんな形で傷つけたくなかったんですけど……うまくいかないなあ」
はあ。今度は大きな溜息が出た。

　「一乗寺」
滝さんは立ったまま手を伸ばし、僕の頭をぽんぽんと撫でた。
「お前が真面目なやつだってことはわかってる。中途半端な関係で放置するなんて、お前の性格じゃ無理だろうから。―――悪い。俺が思ってたより相当複雑な事情がありそうだってことだけはわかった。―――わかったから、その泣きそうな顔するの、やめろ。俺、ものすごく気まずくなるから」
「えっ。僕、そんな顔してますか」
僕は慌てて両手で自分の顔に触れた。
「してる」
「―――すいません……」
　今更、羞恥心が押し寄せてきた。顔が熱い。聞かれたからって、話し過ぎた。―――どうして。もしかしたら僕は、相談できない大輔のことを誰かに話したかったのかもしれない。

　「俺が聞きたいって言ったんだから、悪かった」
滝さんは言った。
「―――だけど、あえて最後にもう一つだけ聞く。要するに、お前は、今でも本宮が好きだってことなんだな？」
「それは大事なことなんですか？」
できれば自分でも触れずにおきたい。忘れていられればいいのに。そう思うことを聞かれて。
「俺には―――それなりに、な」
滝さんは窓の外に目をやった。「それなりに」とはどういうことだろう。わからないけど。
「むしろ今更、だと思ってますが……好きなのかと言われれば、違うとは言えない。だけど、僕が一緒に生きていくのは京さんです。そこを違えるつもりはありません」
僕は答えた。
「―――わかった」
滝さんは言った。
「答えにくいことをしつこく聞いてすまなかった。本宮大輔のことを調べてたら、そいつもデジモン連れてるみたいだし、今、お前の身に起こってる事件と関係あるんじゃないかと気になった。でも、お前のその感じだと本宮が首謀者ってわけじゃなさそうだ」
「それは―――それだけは、ないです」
むしろ大輔は僕を手助けしようとしてくれている。

　部屋の外で女性の話し声がきこえてきた。京さんとヒカリさんのようだ。
「滝さん。今の話、京さんにはしないでくださいね」
僕は病室を出ようとする滝さんの背に声を掛けた。滝さんは振り返ると眉を顰めた。
「わかってる。俺もそこまで鈍くない。―――外にいるから」
「ありがとうございます」

　やがて病室に京さんとヒカリさんが現れた。滝さんは軽く言葉を交わして、入れ違いに出ていった。
「具合はどう？一乗寺君」
サーモンピンクのワンピースを着たヒカリさんがベッドのそばに来る。
「寝すぎて身体を動かすと少し吐き気がするくらい。―――わざわざ来てくれてありがとう。心配させたみたいで、ごめんなさい」
「本当よ」
ヒカリさんはいたずらっぽくそう言った。
「僕が寝てる間、うちにも来てくれてたって聞いたけど。本当にありがとう、ヒカリさんなら京さんも心強かったと思う」
「一乗寺君は京さん心配させ過ぎ。私、怒ってるわよ。―――あ、お兄ちゃん、今電話かけに行ってるからもう少ししたらくるわよ」
「―――叱られるんだろうなあ……」
僕は額に手をやった。さすがに気が重い。

　「あったりまえでしょ。私たちみんな心配してたんだから。―――あ、これタケル君からお見舞い」
ヒカリさんはそう言って、僕の目の前に紙袋を差し出した。
「高石？」
受け取って中を覗く。左下に「謹呈」と印刷された白い封筒が入っていて、取り出して開くとハードカバーの青い背表紙が見えた。布団の上に本を置く。

　「―――『デジタルワールドの冒険』。完成したんだね」
　著者名は「八乙女なんたら」じゃなくて、「高石岳」だった。高石の本気を感じる。
　パラパラとページをめくる。「デジモンカイザー」という文字が目に入って、つい、手が止まる。僕が初めて選ばれし子供たちと対峙する場面だった。初稿は読ませてもらっていたが、こうしてあらためて本になったものをみると、僕たち自身の名前は改変されていて児童書の体をとっていても、自分の愚行が世間の目にさらされるのだと思えばやはり鼓動が早くなった。とても人前では読めそうにない。

　僕はそっと本を閉じた。
「後でゆっくり読ませてもらうね。今夜は退屈しそうだったから丁度よかった。高石にお礼のメール送らないといけないな」
そう、話していると。

　「一乗寺！！！お前なーーー！！！」

　ドアが開き、大きな声がして、太一さんが病室に現れた。


　　　　　　　　　　　　　　―　続く　―

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2017/09/18
滝さんは賢のよき理解者になってくれるといいな、と思いつつ書く。

背景画像は「Studio Blue Moon」様より頂戴いたしました。