―――お前ら、パートナーとしても特別仲いいしなあ。


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　ある程度予想はしていた。―――今回も賢の検査に便乗して「花屋」が接触してくるだろう、とは。
　そうすれば、昨日太一さんと話した時よりもっと具体的に賢の状態を知ることができるだろうと考えていた。
　実際、「花屋」は俺に接触してきた。

　ただ、俺の予想とは少し―――かなり違う、登場の仕方だった。


　賢の検査は現在のSIESTA単独では負担が大きいため、「花屋」が検査の間だけSIESTAに接続されて解析の補助をする。その解析の最中に、「花屋」はSIESTAから沢中のおっさんのコンピュータを介して俺に接触しているらしい。今まで接触してきたのは2回。どういうつもりなのかはわからない。だが、緊急の検査なら今回は高い確率で現れると俺は踏んでいた。検査はきっと朝からだ。こっちでは夕方になる。

　だから俺は日本時間に合わせて仕事を午前中で切り上げ、「花屋」が現れた時にちょっかい出されたくないからチビモンには田村のとこで待っててくれと頼み、午後からずっとパソコンの前で座って待っていた。
　だが、予想に反して日が暮れてからも「花屋」からの接触はない。朝からだと思っていたが、普段と違う検査なら準備に時間がかかって午後からになるのかもしれない。俺は腕時計を見た。今夜は8時からおやっさんを含め、かつてのおやっさんの店の常連の爺ども―――お偉方と一緒に会議を兼ねた食事会の予定が入っている。メンバーの顔を思い浮かべて、少し考えてから、ため息をついた。

　―――キャンセル…ってわけにはいかねえよなあ。ジャックがなんかのお披露目するとか言ってたし。

　俺がいない時間帯に「花屋」が現れたらどうしようか。パソコンにメッセージくらい残していってくれると嬉しいんだが。

　―――検査が終われば太一さんからも連絡をもらえるだろう。いずれにしろ賢の状況はわかる。俺が一人で焦っても仕方ねえか。

　インターホンが鳴り、田村が7時丁度にチビモンを連れて俺の部屋に現れた。
「ダイスケー！！ただいまー！！」
「お迎えに上がりました。準備はできていますか」
田村が俺にタブレットを手渡してくれた。
「サンキュ」
　今夜はチビモンも一緒だ。今夜会うメンバーはチビモンキャンペーンを張った時のスポンサーでもある。チビモンは爺たちのアイドルだから、遠慮なく連れて行けるのは俺も嬉しい。

　「―――『花屋』とは一乗寺先生の話ができたのですか？」
　会場へ向かう車の中で運転席の田村が俺に聞く。俺はバックミラーに目をやって首を振った。
「いや、まだ接触してこない。太一さんからもまだ連絡ないし、検査の開始が思ってたより遅いんだろう」
「心配ですか」
「―――大丈夫だ。―――つか、大丈夫じゃないと、困る」
「ダイスケ…」
隣に座っていたチビモンが俺の顔を覗き込む。
「だーいじょうぶだって。賢が倒れるのなんか初めてじゃないし、いつも目は覚ましてるだろ。ああ見えて相当タフにできてるんだって。心配すんな」
　俺は頷いて、チビモンの頭をポンと撫でた。に。笑ってみせると、チビモンも硬い笑顔を返してくる。
　苦笑したあと、データをチェックするために手元のタブレットに目を落とした。過去6ヶ月と、先週のうちの全店舗での収支のグラフだ。
　数字を大まかに叩き込んで、爺共の攻撃に備えるのだ。今日の俺の説明如何で、今後1年間、うちとの取引を継続するかどうか判断される。平たく言ってテストだな。だが、内容はすでに田村の手によって、百戦錬磨の爺さんたちを十分に納得させられるだけの体裁に整えられている。まず問題はないはずだ。
「会議の間に、こちらから一乗寺先生の状況を探ってみましょうか」
田村が言った。
「うん―――いや、いい。どのみち会議中には俺は動けないし、終わってから俺が太一さんに直接電話するよ」
「承知しました」

　会議は8時丁度に始まった。俺の席はおやっさんの右隣だった。下手な説明をすればすぐ拳が届く絶妙な位置だ。誰だよ配置考えたのは。
　円形のテーブルはドーナツのように中央に大きな穴が開いている。穴の部分には一回り小さな丸くて黒い台座のようなものがしつらえられている。
　まるで花瓶でも置くスペースのようだが、そこに現れるのは精巧なホログラムだ。従来品とは一線を画すらしい技術力の高さは、この方面に疎い俺でもわかった。
　ジャックの傘下にある企業が手がけたものだ。お披露目、とはこのことだったらしい。実質的には今夜の主役だ。
　台座の上に、今日の議題であるうちの店の売上や利益などの立体グラフが投影されている。円形のテーブルのどこから見てもわかりやすい。
　今後の展望の説明の際、店で人気のメニューの画像も流れる。湯気まで本物に見える。大したものだ。

　契約の更新の話はあっさりと決まり、うちの店に関するホログラムの投影も終了した。

　田村の資料が完璧すぎたらしく、爺たちもさほど俺に畳みかけてこなかったのだが、かえって順調に進み過ぎたようだ。契約更新の話が終わった時、食事はまだコースの半ばというところだった。

　爺さんの一人が「せっかくだから何か他にも映像を流してみてくれ」と言った。
「できれば人間か動物が動いているやつがいい。処理能力がよくわかるだろう」
「おお、うちの娘の動画はどうかな。―――大輔も気に入るぞ」
「はあ？」
なんで俺。
「それならうちの姪を映してくれ。離婚歴はあるがなかなかの美人なんだ」
爺さんたちが勝手に盛り上がる様を呆れて眺める。
「―――気持ちだけありがたくもらっとくから」
「なんじゃ、彼女がいるのか。それともまーだ賢をひきずってるのか。なかなかしつこい」
「やかましい」
　テーブルを挟んで俺の真向かいに座っていたジャックが俺たちのやりとりを聞いてクスクスと笑いながら言った。
「いいサンプルがあるから、流そう」
ジャックは入口近くに立っていた会場係の男に目をやった。彼は一礼して手元の端末を操作し始めた。
　さっきまでラーメンの画像を映し出していた中央の空間に、虹のグラデーションのように光が揺らめく。やがて、そこに人の形をしたホログラムが静かに浮かび上がる。子供だ。
「おっ、これは親父の孫か！ほほう」
おやっさんの孫―――つまり、ジャックの息子でもある。サンプルとか言いつつ、ジャックの子供自慢らしい。
　確か賢の一人目の子と同じ頃に生まれてたはずだから、今2歳くらいか。以前おやっさんの店で見た写真はもっと小さかったよな。

　映像はまるで目の前にいるかのように動き出した。すげー。
「予想を超える出来だ。これはうちでも導入させてもらおう」
「そうだな、うちでも」
早速導入を決める声があちこちで聞こえる。
　俺はテーブルの真ん中に浮かぶ子供のホログラムをまじまじと見た。小さな足でサッカーボールを蹴っている。はは、転んだ。可愛いもんだな。賢のとこもこんな感じなんだろうか。
　微笑ましく見ていたが、なんだか強い視線を感じて振り向いた。おやっさんだ。隣で眉を顰めて俺を見ている―――つか、ほぼ睨んでるようにすら見える。なんだよ。

　「―――似とるのう」
「うむ」
爺さんたちがぼそぼそと呟き、相槌を打っている。俺を睨んでる気がするおやっさんから視線を外して声のする方を見ると、爺さんたちがニタッと笑ってこっちを見ていた。
「よく似ておるわ」
そう言ってまたニタリと笑う。正直、気持ち悪い。
　似てる、ってのはこっち見てるんだからおやっさんと孫のことだろう。まあ、俺はそうでもないんじゃね？って思わなくもない。おやっさんみたいに気難しそうな顔はしてねえし。
　むしろ、父親のジャックに似たんじゃないかと―――うーん？ジャックほど温厚そうでもないかな。どっちかというとやんちゃ坊主って感じで。
　母親であるおやっさんの娘は、なかなか奔放な性格だってことだから、そっちに似たのか。

「―――すごいな、ダイスケ！本物みたいだ」
チビモンが隣で興奮した声を上げた。
「俺からすればお前の方がもっとすごいけどなあ」
データの世界からやってきて、多分こっちの世界とは異なる規律で生きて動いてる。余程すごい。
「そっかな？でも、あの子、すごく似てるだろ！ずっと小さいけど」
「おやっさんにか？」
「おおおおっ、チービちゃん！！―――元気にしとったかねっ」
さっき笑っていた爺さんの一人が突然大声でチビモンに話しかけた。
「うん！元気だよ！！」
「相変わらず可愛いのう」
なんだか気色悪い猫なで声を出して、チビモンに話しかける爺さんを、他の爺さん達がなぜか睨んでいる。
「―――ずるいぞ、邪魔しおって」
「チビちゃんに挨拶しただけじゃあ。―――よし、10倍上乗せじゃ」
「まだわからん。―――わしも10倍」
テーブルのあちこちで爺さんたちがぼそぼそと言い争っている。
　この雰囲気には憶えがあった。

　―――あー、どうせまたつまらない賭けをしてやがるな爺ども。

　何を賭けているのかは知らないが、以前は俺と賢が別れるかどうかすら掛けていたらしいから、どうせロクなことじゃない。
　俺は目の前の子供の映像にもう一度目をやった。「―――ん？」
　なんだ？この既視感。この顔、おやっさんの持ってた写真以外にも、どっかで―――

　「今回、この装置を開発したのはローズなんだ」
ジャックがおもむろに口を開いた。俺はジャックを見た。そしてもう一度ホログラムの子供を見る。
「―――へえ。おやっさんの娘が開発者なのか。頭いいって言ってたもんな。―――しかしすげえな」
「今日、一緒に出席する予定だったんだけど熱を出してしまってね。残念だけど欠席だ」
部屋中の爺さん達が一斉に溜息をついた。
「おお、ローズ。あのお転婆姫。会えなくて残念じゃあ」
「がっかりじゃ」
　俺はまだ彼女に会ったことはないのだが、彼女が爺さんたちのアイドルだということは知っているのでちょっと気の毒にはなった。

　その時。

　『―――そうか、彼女が開発者なんだね。ベースはSAICAなのか。通りで僕に馴染むと思った』

　聞いたことのある声がして、子供のホログラムが歪む。代わりに現れたのはやはり子供の姿で―――「花屋」だった。
「お前、どうやって―――」
『探してた、大輔。一乗寺君が危険な状態だ。―――これを見て』
「花屋」の隣に賢の姿が浮かぶ。青白い顔をしていた。まるで、死んでいるようだ。
　ただ事でないのは一目でわかった。
「―――賢！！」
弾かれるように俺は叫んだ。爺さんたちがざわつく。花屋は不意に、悪巧みが成功した時のような笑みを浮かべた。
『―――見つけた』
そう言うと、「花屋」の姿は目の前から掻き消えた。ジャックの息子の映像に戻る。
「えっ」
場が静まり返る。少し間を置いたが「花屋」がもう一度現れる気配はない。
「ちょっ―――ちょっと待て、賢はどうなったんだよ！！―――『花屋』！！」
俺は叫んだ。


　　　　　　　　　　　　　　―　続く　―

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2017/07/02
大輔さん置いてけぼり。

背景画像は「Studio Blue Moon」様より頂戴いたしました。