―――いや。このこぼれるような懐かしさは、俺達が離れていた確かな証拠だ。


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　真夜中の電話にはいつだって驚かされる。伝えられるのは、すごく嬉しいことか、すごくまずいことか―――ほぼ間違いなくそのどちらかの内容でしかない。まして、相手が太一さんなら、十中八九後者に違いなく。

　「―――賢が入院、って」
『一乗寺、倒れたんだ。それからずっと目を覚まさなくて』
落ち着いた口調だが、太一さんの声は硬い。
「―――いつですか」
『俺んちに朝、来てたから―――5日、6日…いや、もう1週間前になるのかな』
　そういえばこの間の電話で、賢は明日ワームモンを迎えに行くのだと言っていた。多分、その時のことだ。
「目を覚まさないって……なんで…太一さんのところに賢が行ったのは知ってます。その前の日、あいつ検査受けたんですよね。通勤途中でデジモンに襲われて」
『知ってるのか』
「話したんです、賢と。連絡あって」
『そっか』
「もしかして、その検査と関係あるんですか。賢の入院」

　あの電話の時、賢は自分の寿命があと半年、もしかしたら3ヶ月かもしれない、と言っていた。まさか、その前兆なのか。胸がざわつく。
『検査そのものは関係ないんじゃないかな。――― 一乗寺は俺のとこ出たあとお台場行って、そこでまたデジモンに遭遇したらしいから、むしろそっちの影響だと思うんだ。すぐあとに光子郎のところに報告に行って、その場で倒れて―――それっきり意識が戻らない』
「お台場で？」
　お台場と聞いて、あの日―――小学生だったあの日、確かに倒したはずの敵の姿がふと浮かぶ。―――まさか、アーマゲモン？
『一乗寺が動画撮ってた。待ってろ、送るから』
「お願いします」
　ああもう。目の前で直接話せないのって、本当に煩わしいな。太一さんと―――いや、賢と直接会えないのが、こんなに苛立つんだってこと、久しぶりに思い出した。

　送られてきた画像は俺の細身の携帯の画面では小さくて少し見づらい。寝室から書斎に移動して、パソコンから一番大型のディスプレイに映し出した。アーマゲモンではなかった。
「―――でかいな……鳥？」
だがしいて言えば鳥みたいな羽があるから鳥に見えなくもない、という程度でアクィラモンなどに似たところもない。胴体とか鳥っていうより獣っぽくて、ウォーグレイモンみたいだし。
　『俺も光子郎も見覚えのないやつだ。大輔は？』
太一さんが言った。
「いや―――俺も見たことねえかな……あ、そうだ。ちょっと待っててもらえます？」
　俺は再び寝室に戻ると、枕の上で大の字になって寝ていたチビモンを揺り起こした。寝ぼけ眼のチビモンをぶら下げて、パソコンの前に連れていく。
「なあ、このデジモン見たことあるか？お前知ってる？」
　もう一度最初から再生する。
　人影と、デジモンらしいもの。移動しながら撮影したのか最初大きく揺れていた映像は、途中で固定されてぶれなくなった。走っていく賢の後ろ姿が映っている。俺がさっき見たのはここまでだった。
「知らにゃーい……」
「ちゃんと見てくれって。賢が襲われたんだ」
寝ぼけ眼だったチビモンがぱっちりと目を開けた。事の重大さに気が付いたらしい。食い入るように画面を見て、それから、
「知らない」
と言った。「見たことないよ、こんなやつ」

　でかいデジモンが賢に向かって飛んできた。襲われそうになった賢は、間一髪でスティングモンに助けられたようだ。その後、賢は逃げたデジモンを追って再び走り出した。その先に誰かがいる。人間の子供だということはわかった。
「―――ゲート？」
　ゲートが開いているように見えて、そのことに気を取られているうちに、デジモンと子供は空中に消えた。
　やがて賢が戻ってきて、映像はそこで終わった。
　短い時間だったが、見ていて途中から総毛立った。

　―――なんだ、これ。賢の周りで、一体何が起こってる。

　『直接会った一乗寺なら色々気付いてるのかもしれないが、光子郎のとこに来てろくに挨拶もしないうちに倒れたらしいからな』
太一さんが言った。
『ワームモンの話では、2日前に一乗寺を襲ったやつだそうだ。最初から一乗寺が狙われてたのか、偶然襲われたのかはわからない。今回は、一乗寺自身がやつを追っていて見つけたようだ。―――相変わらず、無茶するよな、あいつ。俺のいうことなんか聞きやしねえ』
　はあ。太一さんが溜息をついた。
『お前、一乗寺と話せる関係に戻ってんなら―――なんとかしろよ、あいつ。本当に死んじまうぞ』
「―――俺の言うことだって聞きませんよ」
　どうにかできるならとっくにしている。以前、太一さんに言われたときにも説得はしたんだ。でも賢の気持ちは変えられなかった。それどころか、俺も協力するから、とまで言ってしまったなんてとても言えない。
　賢が早くこの事件を終わらせたがっている。だから俺も必要なら協力するつもりでいる。でも、それは賢を助けたいからで、賢の命を縮めたいわけじゃない。

　「ねえねえ、ワームモンは大丈夫？」
膝の上でチビモンが尋ねる。太一さんにも聞こえたようだ。
『ああ。ワームモンの方は大丈夫だ。あれからは戦ってないし、もう回復してる。俺、昨日会ったから』
「よかった」
チビモンが安堵の顔を見せた。俺も頷く。賢が意識を失っていても、あいつらの絆は変わることなく強いらしい。

　「―――さっき、一緒に映ってた子供があのデジモンを操ってるように俺には見えたけど……」
見ていて引っかかった点を口にする。
『おそらくそうだろう。子供が関係しているらしいって話は、一乗寺は以前から言ってたから、多分間違いない。正体は全くわからないけど―――子供だからって、侮るわけにはいかないよな、俺たちが』
「―――――」
　子供だから何もできるわけがないなんて、俺たちに―――特に、賢には―――思えるわけがなかった。

　だから、賢は急いでいる。絶対に終わらせようとしている。

　短い沈黙のあと、太一さんが話を続けた。
『とにかく、一乗寺は今入院してる。スティングモンが守ったから一乗寺は攻撃をまともにくらってはいないようだったし、新しい怪我はないそうだ。血圧や脳波もこれといった異常はないらしいんだが、身体というより精神的な影響の方が強いみたいだから、立て続けに襲われて回復力は落ちてるのかもしれない。このまま目を覚まさなかったら、明日、精密検査をするらしい』
『病院は今度も沢中のおっさんのとこですか？』
「そうだ。……それがどうかしたか？」
　精密検査ということは、SIESTAを使うということだろう。

　―――なら、もしかしたら「花屋」がまた俺に接触してくるかもしれない。

「いえ、別に」
俺が花屋とたまに接触していることは、まだ賢にしか話していない。話がややこしくなりそうだから、とりあえず太一さんには黙っておく。
『―――今回は警察が病室の前を塞いでるから、俺たちも迂闊に会えないし、詳しい様子はわからないんだ』
「警察？」
『一乗寺の同僚だって京ちゃんが言ってた。あいつ、デジモン課だろ』
「じゃあ、賢がデジモンに襲われたってことは警察もわかってるってことですか」
『そのことは沢中先生から連絡が行ったみたいだ』
「沢中のおっさんから？」
『デジモン課の設立自体、あの人が一枚かんでるらしいからな』
「あ、そうか」
そういやあのおっさんはどこまでも胡散臭い爺だった。
　デジモン課の連中は、もしかして賢の護衛についているのだろうか。それとも―――賢を監視しているのだろうか。

『京ちゃんも気丈にしてるけど相当参ってるはずだし、あれこれ聞き出す状況じゃなくてな。二人目生まれたばっかだし、ヒカリが時々一乗寺の家に泊まって話し相手になってるみたいだけど』
「―――そうですか……」
『また、経過は知らせる。夜中に悪かったな。一乗寺、すぐ目を覚ますと思ってたし、もっと色々はっきりしてからの方がいいんじゃないかって思ってたからな。お前に一乗寺の話、した方がいいのかどうかも正直わかんなかったしな』
それでも俺に報せた方がいいと思うくらい、賢がやばいかもしれない、ということなのだろう。
「いえ、ありがとうございました。あいつのことはやっぱ、放っておくわけにいかないし」
『―――じゃあまるっきり無駄でもなかったな』
太一さんの声が少し柔らかくなった。
「―――太一さん、俺」
『ん？』
「この間―――やっぱり好きだって、言っちまったんですよね―――賢に。……いや、もちろんそれだけで、だからどうこうってのは今更、ないんですけど」
『―――そっか』
呆れるでもなく、叱るでもなく。子供の頃、頑張ったあとで頭をくしゃくしゃと撫でてくれた時のような優しい声だった。
『仕方ないよな、好きなものは。好きとか嫌いとかは、もう自分でどうこうはできねーもんな』
「はは」
本当に、そうなんだよな。回りくどくて、本当に、今更で。―――もう、どうしようもないんだけど。でも。

　『―――よかったな、大輔。……やっぱり好きだってことに気が付けて』
太一さんが言った。
『絶対助けような、一乗寺。―――俺、あいつのああいう独りよがりなとこ、頭くるんだよな。……絶対、説教してやらねーと。周りどれだけ心配させてんだ、って。生き急がずに、ちゃんと生きろ、って』

　うん、俺もそう言ってやりたい。
「―――はい」
俺も。
俺も、そう言ってやりたい。賢に。

　生きろ。

　生きて、お前が幸せにしてやりたい人を、幸せにするんだ。

　泣かせたりせずに。



　　　　　　　　　　　　　　―　続く　―

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2017/04/03
今度は大輔さん叱られませんでした。

背景画像は「Studio Blue Moon」様より頂戴いたしました。